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| 1991年2月。 僕は期待に胸を膨らませて関空から飛び立ち、夜の香港啓徳空港に降り立った。その日は時間が遅いため、取り敢えず香港で一泊し、翌日鉄道で広州に向かう予定にしていた。 しかしいきなり初日からハプニングが発生!ホテルでチェックインしようとした僕はパスポートや全財産を入れたバッグを無くしたことに気が付いた。呆然としながらも、どこで無くしたのか考えてみた。 そう、空港からバスに乗ってホテルに向かう途中、車内で荷物の整理をしたっけ。その時バッグを座席の上の棚に置いたっけ。 フロントのおじさんにその事を話すと、おじさんはすぐに空港バスの事務所に電話で確認してくれた。 「届いているってさ、良かったね」 おじさんの一言で顔面蒼白で座りこんでいる僕にも笑顔が戻った。すぐにも空港に向かいたかったが、おじさんは他にも何本かの電話を掛けた。 ようやく空港に向かって事務所でバッグを受取る。一緒について来たおじさんと中身を確認して全て揃っているのを見てやっと安心。おじさんとホテルへ帰っていった。 翌朝、おじさんが僕に声を掛けてきた。「今からもう一度空港に行くよ。運転手さんにお礼をしないといけないからね」 なぜかおじさんのアパートに連れていかれた。おじさんはカメラと赤いお年玉を入れる袋を持ってきて僕に渡した。「この中にお礼のお金を入れなさい。いくらでもいいよ」 僕は取り敢えず5000円を入れておじさんについて行った。空港では運転手さんが待っていた。 昨夜のお礼を言って謝礼を渡そうとすると周りでシャッターを切る音がした。 「みんな取材したいんだってさ」 おじさんがそう言ってきた。(昨日あんたが新聞社に電話したんだろ。自分で呼んでおいてよく言うよ)。そう思ったが仕方ない。何回も謝礼を渡したり、運転手と肩を組んだりするポーズを取らされた。 それからインタビュー。広東語が話せなかった僕は、たどたどしい北京語と英語と筆談で事情を説明した。 翌日、新聞スタンドでチェックすると結構掲載している新聞が見つかった。売り子のおばさんに 「ほら、僕が写っているでしょ。こんな新聞探してよ」 と、そこにある全ての新聞を全面チェックして集めたのを持ち帰った。 |
| 新聞記事スクラップ | |||
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| いきなりとんでもない展開から始まった僕の留学生活。はてさてこれからどんなことが起きるのでしょうか? 次回をお楽しみに! |