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| 91年3月。 入院していた病院では、更に知り合いになった中国人がいた。病院内の室内装飾を担当している謝さんだった。退院する頃には気軽に話せる関係になっていて、「よし、退院したらどこか連れていってやろう。蓮花山なんて面白いぞ!」と約束してくれた。 退院してから数日、謝さんと電話でやりとりして病院の屋上に呼び出される。「いやあ、仕事が入ってね。雨も降ってるし、区切りがつくまでその辺で待っててよ」 謝さん達の仕事が終わったのは正午頃。 「この時間から蓮花山に行くと中途半端だね。よし、一緒に食事でもしようか!」 と言って連れていってくれたのは広州駅前の食堂。謝さんの中学生になる息子さんと一緒に食事をしながら話に花が咲いた。蓮花山に行けなかったのは残念だが、忙しそうな謝さんを見ていると仕方ないなあ、という気がして納得していた。 病院で知り合った人の中には、向かいの病室に入っていた男性もいた。シンガポール人だが腰が悪いとかいうことで長期入院していた30代の男性だった。一見元気そうでいつもスナックを頬張ってはテレビを見ながら高笑いしていた。暇な時は彼の病室でお喋りをしていた。彼はとても早口で、聞き取るのにかなり時間がかかった。退院してからも検査の時は立ち寄るようにしていたが、そのうち疎遠になっていった。 91年4月。 授業には相変わらずついて行けない日々が続いていたが、生活には慣れ始めていた。ある日、留学生楼に住む先輩の日本人留学生から「買い物カード」の使用を勧められた。これは本来中国に輸入すると関税が掛けられる家電製品(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、ステレオなど)を、長期滞在する外国人に限って最高5点まで免税で持ち込める、という制度だ。多くの場合、「買い物カード」を大学で作成してもらい、香港やマカオに行って購入してくる、ということになるのだが、僕は丁度語学学習用にラジカセを買いたかったので、その先輩留学生に朝鮮人留学生を紹介してもらった。彼らは特定のルートを使って他の留学生名義の「買い物カード」の範囲内で家電製品を購入し、留学生が不要なものは引き取ってくれるのだ。僕の場合は自分用のラジカセ以外の家電を一緒にマカオに買いに行って報酬は4000香港ドルという内容だった。 朝鮮人留学生とミニバスに揺られて走ること4時間、やっとマカオの地に到着した。 中国から出国できない彼は珠海側で待機、マカオ側に入ると現地人メンバーが出迎えに来ていた。まずは近くの喫茶店でコーヒーを飲み、最初に、黄偉に頼まれていた丈夫そうなリュックサックを購入。それからダブルカセットの手頃な製品を購入すると、彼のアパートに連れていかれ、待機させられた。なにやら手配がされているらしい。1時間後に冷蔵庫、テレビ、洗濯機などを満載したリヤカーの後について再び珠海側に入った。こうして広州に帰って来た時には既に夜になっていた。マカオ観光も何もしていないが、臨時収入が嬉しく、また早くラジカセを使いたかった。最後に朝鮮人留学生と夕食を共にして報酬を受取ろうとすると、彼は「3500ドルだ」と言い出した。「どうして?最初に4000ドルだと言ったじゃないか!」。彼の言い分によると、ラジカセは4000ドルには含まれておらず、4点しか引き取っていないので満額は渡せないということだった。しかし最初からラジカセを買うことは言ってあったと主張する僕と、彼の言い分は平行線を辿り、1時間以上交渉しても互いに譲歩しなかったため、彼を紹介してくれた先輩留学生に出てきてもらった。結局、頑固さで粘った僕の主張が通ったのだが、それ以降先輩とは少し気まずくなってしまった。 |