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「一泊旅行」
91年4月。

中国の大学は9月始まりで6月終わり。留学生である僕達が属する「外語培訓中心」では、留学生用の特別プログラムとして、毎年春と秋に一泊旅行に行くことになっていた。主に広東省内の観光地へ連れていってくれるのだが、今回は広州から北へ約200km向かった韶関という湖南省に程近い場所に行くことになった。

南華寺山門広州から韶関までは列車が通っている。留学生総勢約40名、引率の教師ら5名ほどが硬座に乗って約4時間ほどで韶関に到着した。ここの観光スポットは古刹の風情のある南華寺、風景区となっている丹霞山だ。中国人観光客もまばらな中、ゆっくりと散策を楽しむ。

教師の中にはママさん先生もいた。僕のクラスの授業を担当してくれている李海鴎先生もその1人だ。彼女は30代半ば位だろうか、6才位の息子を一緒に連れて来ていた。彼女の授業で中国映画を教材に聞き取り学習をやっていたクラスの仲間達は、その映画に登場していた細身の坊ちゃんが「少爺」と呼ばれていたことから、やはり細くて折れそうな彼女の息子に「少爺」と声を掛けてからかっては追い掛けまわされていた。もちろん僕もその1人だ。

日本人同学達と丹霞山にてそれほど高くない丹霞山に登って景色を眺めたり、近くを流れる錦江で川下りなどをして、あっという間に時間が過ぎていった。帰りの列車に乗るべく、僕達はバスで再び韶関駅へと向かった。ところが駅ではとんでもない目に遭ってしまった。詳しいことはよく覚えていないが、予定の列車に乗り損ねたため、3時間以上も駅前で待たされる羽目になったのだ。留学生達は一斉にブーイング、「お茶を研究して20年以上」がキャッチフレーズの張先生にその非難が集中したが、さすが中国人、涼しい顔で受け流している。

とにもかくにも楽しい時間は過ぎ去り、また授業の日々に戻っていった。5月に入り広州は雨期も完全に明けて、一年でも過ごしやすい季節となった。それでも相変わらず中国語コンプレックスに悩まされる日々は続いた。
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