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「活動の秋」

91年10月。

 10月から11月にかけて、広州は一年でも最も過ごしやすい季節になる。春は雨季で曇りの日が多く、2ヶ月も太陽が出ない、なんてこともあるし、夏は耐えがたいほどの暑さで昼も夜もダラダラとなってしまう。冬はというとこれもまた思っていた以上に寒いので、秋が何をするにも一番いい季節なのだった。

 H先輩は日本の大学でも先輩。彼を訪ねてこれまた先輩のO女史が遊びにきた。日本ではあまり面識がないとは言え、国外で会うことは「仲間」意識をかき立てられるもので、早速他の留学生たちも交えて広州市内のレストランに繰り出した。場所は珠江北岸にある「勝記」。いわゆるゲテモノ料理の店だ。酒を飲みながら、広州案内人よろしくゲテモノが並ぶテーブルに向き合う。ハト、スズメ、ヘビ辺りはまだ食べられたのだが、他にも様々な異色の食材が出てくる。一番のお気に入りはゴカイのから揚げ。串を体の中に通して表裏を逆にする。綺麗に洗ってからカラッと揚げるのだが、さすがにすぐには手が出ない。ようやく恐る恐る食べてみると、意外や意外、イカのから揚げをもっとふんわりさせた感じで美味しい。一旦味をしめるとそれまでのスローペースがウソのようにあっという間に無くなってしまった。やはりゲテモノ料理はそれだけでは珍しいだけだが、味も良いものがいい。珍しさと美食の両立が必要なのだ、と思った。

 他にはY女史と彼女の友人の葉君、3人で郊外にある東方楽園という遊園地にも遊びに行った。Y女史は記念にもらった赤く染めたゆで卵を、お守りだ、というのを聞かずに殻を剥いて食べてしまった。「味は普通のゆで卵よ」。

 翌日はヤマトさんと彼のルームメートであるHさん、ヤマトさんの音楽仲間である張君の4人で広州動物園、黄花崗公園に散策に出た。本当に気持ちのいい天気で、男ばかりというのに結構楽しい一日を過ごした。

 10月と言えば新しく来た留学生らともそれなりに親交が深まる時期でもある。西洋人留学生らはディスコに行ったり留学生宿舎でパーティーを開いたり、といった方法で親睦を深めるが、日本人留学生は組織力を生かした交流もする。大学のグラウンドを借りて野球大会を開いたり、ホテルに行ってボーリング大会を開いたり。ペア大会で堂々のブービー賞受賞!野球大会の2週間ほど前からはキャッチボールやシートノックなどの練習を毎日みっちり積んで本番を迎えるのだ。これが結構楽しい。ヤマトさんは中学時代野球部だったので彼がピッチャーを務めるチームに入ると俄然有利になる。まあ勝っても負けてもその後皆でテーブルを囲む食事は楽しいものだ。

学内のハロウィン仮装パーティー また広州には日本総領事館があり、市内でも豪華ホテルの呼び声が高い花園酒店(ガーデンホテル)にテナントとして入っている。この年はたまたま留学生たちを招待してのパーティーを催してくれたこともあり、日頃食べられない日本食なども堪能して感激したものだった。領事館職員の人たちと交流のある留学生の顔利きで呼ばれたわけで、こうした先輩留学生たちにも感謝、感謝。

 大学の前に自由市場があるのだが、そこを突き抜け畑の中を歩いていくと小さな道教寺院がある。名前は「純陽観」、メジャーな観光寺院ではなく、地元の人たちが生活の中で利用しているところで、広東語クラスの課外遠足、という体裁で見学に行った。簡単な作りだが、生きている、という雰囲気は漂っていた。

 月末の休日には一人で仏山まで足を伸ばしてみた。広州駅から電車に乗って数十分、仏山に到着。同市最大の観光施設である祖廟を見学、中山公園を散策してから、石湾という陶器で有名な地区に入ってみた。通りの両側が全て店舗でタイルやらバスタブやら壷やらが所狭しと売られている。そして畑のあぜ道を分け入っていく。しかしどこまでもどこまでも畑でこちらが根負けしてしまった。適当な食堂で昼食を摂ったのだが、思い切り農村の中の食堂、人間よりもハエの数が多く、料理の上で手を振り回していないとたちまちハエが黒山のようにたかって来る。早々に退散してから市内に戻り、今度はバスで帰ることにした。ターミナルには沢山のバスが無造作に停まって客引きをしている。2台のバスの間に立った時、両側から声を掛けられた。広州まで5元だという。電車は10元くらいだったから、安いのは安いのだが、言い値で乗るのも面白くない。返事をしないでいると3元に値引きしてきた。それでバスに乗ると、もう1台のバスは諦めたと思ったがまだ誘ってくる。窓越しに2元でどうだ、と言い、腰を浮かせると乗っていたバスの客引きが1.5元でいい、となり、これで決着。市内バス並みの料金で広州に帰ることができた。こんなに安くて儲かるのかこちらが心配になるくらいだった。

 そんなわけで様々な活動の合間に勉強する、という些か不真面目な時期ではあったものの、広東語を少しずつ覚えていく過程は楽しいものだった、ということは強調しておこう。
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